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麻酔科・ICU・ペイン外来

「COVID-19感染を予防するための気管チューブの閉鎖式抜管法」の紹介                          2020.06.10公開

はじめに

 新型コロナウイルス(以下、COVID19)感染症では、20206月時点で、国内の感染者の約1割が病院で感染したとされており、麻酔科領域においては、気管チューブの挿管や抜管が感染ハイリスク処置の一つとして考えられています。当院ではこれまでに、COVID-19の感染リスクを軽減する新しい抜管方法として「閉鎖式抜管」を考案し、実践してきました。
 本来であれば、充分な吟味を経たのちに学会発表や論文投稿(投稿中)などで情報を発信するところですが、COVID-19の感染予防は喫緊の課題であるため、先に、病院公式ホームページ上で紹介させて頂きます。閉鎖式抜管を実施する際は、皆さまのご施設でさらなる工夫を加え、個々の症例に応じた適切な方法で行ってください。

閉鎖式抜管の映像



「COVID-19感染を予防するための気管チューブの閉鎖式抜管法」
(ケースレポートではグローブ方式を供覧)


 この動画には、一部、実際の臨床の映像が含まれています。この患者さまはCOVID-19陽性ではなく、映像は感染流行期において同様の対策を実施した際のものです。なお、動画の公開にあたっては、院内倫理委員会の承認と患者さまからの紙面による承諾を得ています。
 患者さまにおかれましては、今回の私たちの取り組みについて多大なるご理解とご協力を賜り、ここに謹んで感謝の意を表します。この動画の公開が、COVID-19感染症の世界的パンデミックの解決に向けた一助となることを願ってやみません。

閉鎖式抜管の手順

1.準備するもの
 ① 医療用グローブ(長い方が望ましい)
  ※エコープローブカバー、市販のビニール袋(10L)、傘袋でも代用できます。
   長さ、大きさ、丈夫さ、透明性、価格、入手困難度、衛生面などで判断して下さい。
   (海外の様々な環境にある医療施設に向けたアドバイスです)
 ② フェイスマスク(麻酔導入時に使用したもの)
 ③ ハサミとマジック

2.閉鎖式抜管ツールの作成(術中に準備)
 ① フェイスマスクのリングを外す。
 ② グローブ、または、ビニール袋の裾をリングに通す。(裾は短くする)
 ③ リングをフェイスマスクに嵌める。
 ④ グローブの中指の先、または、ビニール袋の底の角をハサミで切る。
  (穴の大きさは6-8mm程度)
 ⑤ マジックで穴に印をつける。
 ⑥ ビニール袋(20L)の一辺を切り開き、反対側の角に穴(直径5-6cm)を開ける。
 ⑦ ビニール袋の穴にマスクとグローブを通す。

3.閉鎖式抜管ツールの装着(手術終了時の自発呼吸出現前に装着)
 ① 気管チューブの根元を鉗子でクランプする。
 ② 気管チューブのL字コネクタとスリップジョイントを外す。
 ③ パイロットバルーンを気管チューブの先端に嵌める。
 ④ 気管チューブをツールに通す。(マジックの印を目標にする)
 ⑤ 気管チューブのL字コネクタとスリップジョイントを戻す。
 ⑥ 気管チューブの鉗子を外し、呼吸を再開する。
 ⑦ ハサミで切った穴が大きい場合は、テープを気管チューブに巻きつけて閉じる。

4.閉鎖式抜管の実施
 ① 気管チューブの固定テープを剥がし、気管チューブに貼り付ける。
 ② フェイスマスクを患者の顔に密着させる。
 ③ カフを抜く。
 ④ 抜管する。
 ⑤ フェイスマスクの出口の位置で、気管チューブのカフを膨らます(空気12cc)。
 ⑥ しばらく、フェイスマスクを顔に密着させる。
 ⑦ 必要に応じて、CPAPなどの圧補助を用手的に実施する。
 ⑧ 咳嗽が収まった後にフェイスマスクを外す。
 ⑨ 同時に、サージカルマスクと酸素マスクを乗せる。
 ⑩ フェイスマスク、気管チューブ、グローブまたはビニール袋を一体にして廃棄する。

閉鎖式抜管の特徴

  1. 特別な道具を必要とせず、準備が簡単である。
  2. 挿管チューブの汚染部位が露出せず、接触感染を回避できる。
  3. 抜管中の飛沫感染、エアロゾル感染を回避できる。
  4. 加圧抜管や閉鎖式吸引抜管が可能である。
  5. 抜管後にCPAPなどの圧サポートが可能である。

 COVID-19感染症の抜管では、様々な感染予防策に加え、抜管後の喉頭痙攣や呼吸不全への対応が課題となります1)。閉鎖式抜管では、密閉された空間で抜管を行うことにより、多くの感染リスクを回避できます。さらに、抜管後はCPAPや様々な換気補助を行うことができ、万が一、喉頭痙攣や酸素化不良、麻酔遷延による呼吸抑制などで再挿管が必要となった場合でも、そのままマスク換気に移行することができます。

閉鎖式抜管の注意点

  1. らせん入り気管チューブやダブルルーメンチューブでは実施できない。
  2. 自発呼吸がある状態では気管チューブをクランプできないため、麻酔深度が深い時点でデバイスを装着しておく必要がある。
  3. 抜管時に固定用テープを剥がしにくく、やや慣れが必要。
  4. 無理な操作でグローブやビニール袋が破れる可能性がある。
  5. 抜管中の口元へのアプローチが制限されるため、気管チューブを噛まれてしまった場合の対処が困難になる。

 特に、⑤については、バイトブロックの適切な使用がポイントになります。バイトブロックは気管チューブと一緒にせず、口の中央か対側の口角に固定しておきます。バイトブロックは内視鏡用や経食道心エコー用のものを含めてさまざまなデザインの製品がありますので、ご施設で採用されているものの中から最適なものを選択してください。

閉鎖式抜管を成功させるためのコツ

 麻酔覚醒時に激しい体動や咳嗽が生じると、マスクを顔に当て続けることが難しくなるため、閉鎖式抜管では気管チューブの侵害刺激を充分に抑制しておく必要があります。これまでに、抜管時の咳反射に対するデクスメデトミジン、フェンタニル、レミフェンタニル、リドカイン(静注、局所噴霧、カフ内注入)の抑制効果が検討されています2)。手術麻酔における抜管では、術後鎮痛も意識して基本的にフェンタニルで対応し、適宜、リドカイン静注も併用しています。その際、抜管時のフェンタニルの至適量を深麻酔下に推測することは難しいため、私は次のような工夫をしています。

 麻酔からほぼ覚めてきたタイミングで胃管をゆっくりと抜き、その反応に応じてフェンタニルを追加投与します。少し抜いただけで咽頭反射が生じる場合は、一旦抜くのをやめてフェンタニル25-50mcgを投与し、2分後にもう一度トライします。首が持ち上がるような強い反応では50-100mcg投与します。胃管の抜去も侵害刺激の一つですから、このようにフェンタニルの過不足を個々の反応として評価し、それをフィードバックすることで、抜管時の過剰な反応を抑えます。患者の注意深い観察も欠かせません。例えば、「Et-Sevoがまだ0.6%なのに喉が少し動いた」などと気付けるかどうかです。その場合も、侵害刺激の抑制が不十分と判断してフェンタニルを投与します。この他には、レミフェンタニル0.03-0.05mcg/kg/minの投与も有用です。咽頭反射が強く体動も大きくなりそうな若年男性や、逆に、術後鎮痛の必要がないTUR手術で高齢のためフェンタニルの効果遷延が危惧される場合などでお勧めです。

 吸入麻酔では、手術終了時に吸入麻酔を終了してプロポフォール30-50mgを単回投与することもあります(Transitional Anesthesia)。TIVAの場合はそのままです。体動時にプロポフォールを追加投与することもありますが、プロポフォールとフェンタニルのどちらを投与するのかは、呼吸数や患者の様子で判断します。手術終了までに二酸化炭素を貯めて自発呼吸を出しやすくしておき、呼吸数が多い場合はフェンタニルを投与します。患者の様子を説明するのは難しいのですが、やはり、咽頭反射や咳嗽反射であればフェンタニルを投与し、開眼や合目的的な体動であって反射が少なければそのまま抜管、レントゲン撮影や血ガス評価のために寝ていてほしい場面ではプロポフォール投与、といった具合です。

 抜管時の咳嗽を抑えるために必要なのは「覚めているけど辛くない」という状況ですから、より重要なのは、先に述べた侵害刺激の抑制です。順序としては、①侵害刺激の抑制、②覚醒の確認、③抜管になります。①のない②③はミゼラブルな結果を招き、「声かけして目が覚めるのと同時に激しく体動し、患者を押さえつけながら抜管した」というのは、そのような状況です。逆に、気管チューブの侵害刺激を上手に抑え込むことができれば、閉鎖式抜管は必ず成功します。

 麻酔の覚まし方には、麻酔科医それぞれにイメージがあると思いますが、いずれにせよ、日々の麻酔業務において、常に穏やかな抜管ができるようなスキルを身につけることが大切です。

さいごに

 現在、世界中の麻酔科医、集中治療医、救命救急医がCOVID-19感染症の人工呼吸管理に関わっています。多くの医療従事者にとって、この方法がお役に立つことがあれば幸いです。

参考文献
1)Karen SS, Jennifer LL, Steven MH. Extubation and the Risks of coughing and Laryngospasm in the Era of Coronavirus Disease-19 (COVID-19). Cureus 2020; 12(5): e8196
2)Alan T, Nicholas AF, Nicole N, Vivien H, Colin D and Donald EGG. Medication to reduce emergence coughing after general anaesthesia with tracheal intuition: a systematic review and network meta-analysis. Br J Anaesth 2020; 124(4): 480-495
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